祖父の誓い ~近所の将棋仲間が家族に宛てた祖父の手紙を渡してくれた~

神社で手を合わせる男性の後姿

彼の祖父は癌によって亡くなりましたが、生前、痛みを和らげる治療を含む一切の治療を拒否していました。苦しみながらも頑なに治療を拒否した理由は、祖父が残した手紙に綴られていたのです。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐< 以下、本文です。>‐‐‐‐‐‐‐‐‐

三年前死んだ祖父は末期になっても、一切治療を拒み医者や看護婦が顔を歪める ほどの苦痛に耐えながら死んだ。

体中癌が転移し、せめて痛みを和らげる治療(非延命)をと、息子(父)や娘たち (伯母)が懇願しても絶対に首を縦に振らなかった。

葬式の後、親しかったご近所の将棋仲間が家族に宛てた祖父の手紙を渡してくれた。 祖父が生前用意していた物だそうだ。

 手紙の中には自分が家族を悲しませ、苦しませるのを承知で苦しみながら死んだ理由が書かれていた。

20年近く前、孫の一人が生存率20%を切る難病で闘病していたとき、祖父は神様に誓った のだそうだ。

自分は今後どんな病気や怪我になろうとも、絶対に医者にもかからないし薬も飲まない。 だから孫を助けてくれと願を掛けたのだそうだ。

幸いその孫は無事手術も成功し、成長して成人もした。 孫の成長を見届けること画できたのだからもう思い残すことはない。

あとは神様との約束を果たすだけだ。 だから家族は悲しまないで欲しい。自分は満足して一生を終えるのだから。

そう綴られていた。

孫は当時一歳にもならない赤ん坊で、病気だったことも覚えていない。

祖父は自分の決意を貫いて一生を終えた。

その孫である兄は葬儀でわんわん泣いていた。

もちろん、兄弟もみな泣いた。

うまく書けないのが悔しいなあ。本当に祖父はすごい人だったんだよ。

国防の盾 ~敵が攻めて来たら、殺すぐらいなら殺される方がマシだ~
自衛隊反対には、戦時に「殺される覚悟」災害時には「救われない覚悟」が必要です。そうした思想は個人の自由ですが、しかし、そ...
訪れなかった日曜日 ~私が4歳の時、父と母は離婚した~
彼女が4歳の時に両親が離婚し、母が家を出ました。以来、彼女は母に会っていません。やがて大人になり彼女は結婚、子供も生まれ...
エルトゥールル号の遭難 ~今もトルコの人達は忘れていません~
明治23年9月16日。台風が大島を襲い、波と風に煽られたトルコ船が樫野崎灯台付近で大破。遭難者を発見した灯台守は樫野の村...
引き出しの奥の連絡帳 ~学校に行けば、私も輪に入れるのかな…~
少年は病気の彼女をうらやましく思っていました。理由はすぐに学校を早退できるからです。でも、彼女の連絡帳を何気なく覘いたそ...
幼い娘の言葉 ~そうやって声を掛け合ってるわけよ~
彼は4年ほど前に、交通事故で4歳の息子と妻を失いました。そして残された当時1歳との娘との暮らしがはじまりました。最愛の家...