最後の薬 ~立派な部下を持ったおじいちゃんは幸せな人間だった~

太平洋戦争時にガダルカナル島の海岸に沿って行軍する日本軍の様子

詳細な場所は不明ですが、彼のお爺さんは太平洋戦争の末期に南方にいたそうなのですが、とても衛生状態が悪くマラリアが蔓延。ついには、彼のお爺さんも感染してしまうのですが…。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐< 以下、本文です。>‐‐‐‐‐‐‐‐‐

上記の画像は、大東亜戦争時にガダルカナル島の海岸に沿って行軍する日本軍の様子です(1942年9月第1週の上陸後の撮影)。この画像は、当時をイメージしていただくための参考として掲載させていただいていますが、このページのお話とは直接関わりはありません。

 

全然有名な話ではないけど聞いてくれ。

 

オレのおじいちゃんは戦争末期、南方にいた。

国名は忘れたけど、とにかくジャングルのようなところで衛生状態が最悪だったらしい。

当然マラリアだのコレラだのが蔓延する。

おじいちゃんの部隊も例外ではなく、バタバタと人が倒れていったそうだ。

ただ、その頃には治療薬も開発されていて、それを飲んで命を永らえた人も多かったらしい。

治療班に手渡されていた薬で何人かの人が助かったそうな。

しばらくして、おじいちゃんが期せずして高熱にうなされるようになった。

病気に感染したのだ。

一方でおじいちゃんの部下の1人にも同じような症状が襲った。

二人とも薬を飲めば助かる程度のものであったらしいが、

なんとその部隊には残余薬が一つしかなかった。

 

部下は「あなたが飲んでください、あなたがこの部隊の指揮官ですから」

 

と搾り出すような声で言ったらしい。

立派な部下を持ったおじいちゃんは幸せな人間だったとおこがましいけどオレは思う。

しかしおじいちゃんはたった一言こう言ったらしい。

 

「貴様飲め!」

 

おじいちゃんはその後間もなくして死んでしまった。

この話はつい最近死んだおばあちゃんから何度も聞いた。

薬を飲んで生き残って帰国した兵隊さんはその後おばあちゃんをなにかにつけ助けてくれたらしい。

オレも一度だけお会いしたことがある。まっすぐで立派な男だった。

おじいちゃんも素晴らしい命を救ったものだ。

おばあちゃんの口癖は

 

「貴様…って、いい言葉ね…」

だった。

 

おじいちゃんの死後、もう何十年も経つのに毎日毎日仏壇のおじいちゃんに話し掛けていた。

そして眠ったまま死んでいった。

明治の人間はすごい。オレはいつもそう思う。

 

 

以下は管理人のコメントです

ガダルカナル島での日本軍の犠牲者は2万人強。その中で戦闘により亡くなった方は約5000人。残りの15000人は飢えとマラリアの被害でお亡くなりになったそうです。戦後60年以上経っていまさらではありますが、ガダルカナル島でお亡くなりになった方々を含めた全ての戦争の犠牲の方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

kokoro堂の管理人です。

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